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1997■“そのビデオを観た者は……”全てはここから始まった。 ――そもそもこの祭りを始めるきっかけは何だったんですか? 竹本:7年前(1997)、なんとか佐世保を元気にしようじゃないかと、アーケード街を中心とした佐世保中央商店街の有志が集まって展望を語り合う『若者・馬鹿者・よそ者夢会議』っていうのを開いてたんですよ。そこに川上が、「すごいビデオがあるとよ!」と、『YOSAKOIソーラン祭り』のビデオを持ち込んだの。それを観て「こりゃみんなで実際見に行かんば!」となり、札幌でナマを観て大感動するわけですよ。その勢いで、秋にある『おくんちさせぼ祭り』に向けてチームを立ち上げたんです。 田中丸:中央商店街で『さるくシティ4○3遊歩隊』、その年の踊り町の『上京町けんか独楽』と、最初は2チームからのスタートだったんだよね。 遠田:『上京町けんか独楽』では、巨大独楽の製作やら、泣きながら必死で踊りの練習をやったのが思い出深いなぁ。国道で見てる人がびっくりして拍手喝采してくれたのが嬉しかったね。 巨大独楽は今、佐世保駅に展示してあって、初めて佐世保へ来た人が見て、「なんじゃこりゃ?」って迎えるヤツたいね。 1998■観るよりも、踊って参加する方が楽しい! 祭りへの視線に大変動! ――この年、「おくんちさせぼ祭り」の中で「第一回ダンスバトル」が開催されますね。 川上:先の2チームに加えて、本島町(本島勇獅子)、商工会議所青年部(あっぱれ青組)、親和銀行(現在の九州親和漁火連)、そして平戸初の踊り連(平戸風神社中)が誕生。 これまでにないエネルギッシュで賑やかな踊りが、祭りのあり方を変えていったんだと思います。 1999■“北の国から”得た大きな力 ――この年、北海道の「YOSAKOIソーラン」に「させぼ飛躍年隊」の前身となる佐世保のPR隊「南風夜(ハイヤ)99佐世保平戸た〜い」で初参加されてますね。 竹本:よくいろんな人から、「『させぼ飛躍年隊』みたいな広域の市民チームって理想ですよね」って言われます。もともと佐世保や平戸をアピールする観光PR隊として結成されたんですが、今年で6年目ですか?よく続いているなぁと我ながら思いますよ(笑)。 参加されてる踊り子さんの負担は大変なものがあるんですが、このチームの存在がその後の『YOSAKOIさせぼ祭り』に大きな力を発揮してくれるんですよね。 遠田 今年はサンフランシスコや韓国まで行っちゃいましたからね。すごかよね……(笑) 2000■YOSAKOIさせぼ祭り大地に立つ! 単独開催の始まり ――2000年は、ダンスバトル改め「第3回YOSAKOIさせぼ祭り」が、参加チーム43、2,500人の踊り子さんたちで開催、一気に広がりを見せますね? 山縣:僕は前年から実行委員会のメンバーとして、深〜くこのお祭りに関わっていくんですけど、『おくんちさせぼ祭り』のくくりから『YOSAKOIさせぼ祭り』として独立したのがこの回ですね。規模がいきなり大きくなったもんですから。 川上:この年のPR隊は長崎オランダ年にちなんだ『阿蘭陀400させぼ隊』として県下に広く参加を募り、北海道と高知に行きました。ここでの経験がいい影響となって、踊り子さん達がそれぞれの地域で踊り連を立ち上げていってくれて、参加チームの増加につながったんだと思います。 2001■させぼ飛躍年隊誕生。 ――21世紀に入り、祭りはますます盛り上がっていきますね。 山縣:前年まで高知に頼んでいたPR隊の衣裳・楽曲を初めて地元で作りました。 翌年の佐世保市制百周年にちなみ、名称も『させぼ飛躍年隊』に改名、200名近い踊り子さんが参加してくれましたね。 川上:この年の大会から第一次審査で市民審査員(公募)によるベスト20の選出、最終演舞で大賞を決める方式を始めました。 それにしてもフィナーレの盛り上がりは凄かった。最後に会場のみんなと光武市長が記念撮影したりして、来年の百周年を盛り上げるぞって意気込みを感じましたよ。 遠田:佐世保市の市勢要覧に、。u踊り子の中心で市長を囲む(笑)」写真があったけど、あんな群衆に埋まったシーンが佐世保で撮れるんだとビックリしたよ(笑)。 2002■市制百周年で盛り上がりも最高潮に。 ――佐世保市制百周年の年、飛躍年隊のキャラバンもハンパじゃなかったのでは? 竹本:いやぁ、『させぼ祝舞、お手を拝借、イヨぉ〜』ってフレーズ、何回言ったかなぁ(笑)。 田中丸:なんせ中国・上海までキャラバンに行っちゃうんですから。この年が参加が一番多くて300名位いましたね。 竹本;中国には前に大連や厦門(あもい)にも行って踊ったね。 山縣:祭りの参加チームも3桁へ突入したし(103チーム)、YOSAKOIのネットワークも広がって、『第1回YOSAKOI九州中国大会』が同時開催されたのもこの年です。九州・中国地区の地域間の交流を深めてふるさとを盛り上げて行こうってね。(笑) 遠田:この年はゲストチームも華やかだったね。YOSAKOIソーランから大賞チームの『三石なるこ会』、高知からはよさこい大賞の『ほにや』と、今日の隆盛を築いた『セントラルグループ』が来てくれて、非常に盛り上がったし。 2003〜2004■来舞!―LIVE― をテーマにさらなる飛躍 ――2003年からテーマに「来舞!―LIVE―」を掲げていらっしゃいますが? 竹本:人口24万人弱の地方都市に関わらず、多くの皆さんが踊りに来て下さるのは、名切公園〜国道〜アーケード〜商店街が隣接する立地条件、それにハウステンボスや西海パールシーといった素晴らしいステージがあるからだと思います。 また、それを見て下さる佐世保市民や観光客の皆さんの暖かい応援の賜物ですよ。 川上:テーマには。u佐世保に来て舞って、生(LIVE)の感動を是非味わって!」いう気持ちがこめられているんですよ。 遠田:これからさらに飛躍するためには、もっと観客の目線を意識した仕掛けをしていかないといけないね。 山縣:惜しむらくは天気に縁がないんだよねぇ。昨年も雨降ったし……。実行委員長のテルテル坊主をいっぱい作って下げとこうよ。(笑) 田中丸:少々の雨なら踊る方はいいんだけど、お客さんが気の毒だもんね。やっぱ慶三坊主を下げるしかない! 遠田:晴れにならんと北海道から5年連続で来てくれてる「ひがしかぐら東神酔華の舞」や初登場の札幌「平岸天神」、他に大阪や姫路の遠方から来てくれるチームに申し訳がたたんもんね。(笑) 思い出話、夢話に花が咲き、佐世保の秋の夜は更けていく…… |